2015年12月07日

日本SFコミュニティについて考えること(その7)

(その6からの続き)

 以前のブログ(削除済み)で、私はジョシュア・グリーンの『モラル・トライブズ』(岩波書店)に触れ、グリーンの提唱する「メタ道徳」の実践は、SFコミュニティの建設的な発展にも重要な示唆を与えてくれるのではないか、という見方を提示した。「笑い」で終わるのではなく、「メタ道徳」の実践まで行くことが、そろそろ求められる時代になっているのではないかと思っている。
 グリーンは、私たち人間が小集団の道徳観に縛られた「道徳部族」(モラル・トライブズ)であるといっている。私なりの解釈を加えた上でもう一度要約しよう。もともとヒトは小規模採集狩猟民だったわけで、そうした小集団で物事がうまく運ぶよう道徳観も進化してきた。小集団内の《私》対《私たち》問題なら、共感性という心の働きがその効果をよく発揮する。これはデジカメにたとえるとオートモードのようなもので、わりと自動的に働く脳の機能である。
 ところが価値観の異なる別の部族と向き合うためには、オートモードではなくマニュアルモードで、より理性を働かせなければならない。《私たち》対《彼ら》の問題になるからだが、これが私たちの脳には難しいのだ。
 グリーンは書いていないが、私自身はここに他者の心と同化する共感性(シンパシー)だけでなく、相手の気持ちを忖度する思いやり(エンパシー)の能力も不可欠だと思っている。グリーンはオートモードとマニュアルモードの使い分け、バランスが必要だと説いているが、これは感情と理性のバランスであると同時に、シンパシーとエンパシーのバランスの大切さをいっているのだと私は思っている。
 ネット環境の発達した現代社会では、気の合う仲間と地域を離れて一緒に楽しみを分かち合える利点もあるが、他の道徳部族と接触する機会も多くなる。そのとき、いままでの《私》対《私たち》ではなく、《私たち》対《彼ら》の道徳問題が起ち上がる。お互いの道徳観が違うことを理解した上で、ではどうするかという「メタ道徳」の実践が大切なのだ、というのがグリーンの本を読んで私が感じたことであった。

 このような話をすると、そんなことを言われても知らんよ、自分は自分で勝手にやっているよ、という反応が出てくるかもしれない。私は、それはそれで、ひとつの見識としてありだと思う。
 先日、グリーン『モラル・トライブズ』の巻末解説者である京都大学の阿部修士先生からお話を伺う機会があった。そのなかで、グリーン先生はメタ道徳についてあのように書いていらっしゃるが、ほとんどの人は小集団のなかで生きているのだ、という話になって、なるほどその通りだと思った。実際、私たちは多くの場面で、小集団内の一員としてふるまっているではないか。そのときは《私》対《私たち》の問題が主なのであって、それでよいのだと私は思う。
 SFコミュニティの話に戻すと、本当に《私たち》対《彼ら》の問題に取り組まなければならないのは、たとえば日本SF作家クラブなら会長職、内部と外部の橋渡しをする役目の人なのだ。事務局、広報担当もまたそうだろう。会長職をやった身からすると、ふだんはオートモードでまったくかまわないが、外部と接触するイベントのときはマニュアルモードを少し意識してほしいし、また《私たち》対《彼ら》の問題に取り組まないといけない立場の人がいるのだということは、少し意識のどこかに置いていてほしい。こういう立場になるのは、権力を手に入れたいとか、名誉を授かりたいとか、そういったこととはまったく違うことなのだ。
 SFコミュニティの問題において、全員がメタ道徳をふだんから実践する必要はないが、腰を据えてメタ道徳の実践に取り組んでいる人たちがいることは意識し、そこに何か自分がサポートできる部分はあるだろうか、とひとりひとり考えてゆくことは、とても大切だと私は思う。
《私たち》対《彼ら》の問題に取り組む人にとって、本来仲間であると思っていたはずの周囲からの野次馬的反応は、実はかなり精神にこたえる。ついふらりと弱みを見せてしまうこともあるだろう。いまの会長である藤井太洋さんにもそのような気苦労がきっとあるだろう。前会長の東野司さんにも、私以上の大きな困難がたくさんあったはずだ。そういうときはたぶん、周囲も《私》対《私たち》の環境にいったん戻って、クラブ内部やSFコミュニティ内部で共感的にその人をいたわることもまた大切なのではないかと思う。そしてまた《私たち》対《彼ら》の問題に取り組むのだ。「仲間」「親睦」とは、そのようなときのためにあるのではないか。
 そのことは、決して忘れてはいけないのだ。

 また少し休憩。最後にゴシップの話について述べて終えたい。
「SF」の精神性と「おたく」の精神性、ということについてもう少し踏み込みたい。ここがいちばん難しい。

(ここで休憩。その8に続く)
posted by Hideaki Sena at 14:50| 仕事